高松高等裁判所 昭和25年(う)1244号 判決 1952年4月24日
控訴人 被告人 生田久雄
弁護人 白川千代治
検察官 田中泰仁関与
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人白川千代治の控訴趣意は別紙に記載の通りである。
本件記録を精査し総べての証拠を検討するに
一、強姦未遂の告訴中には之より軽い強制猥褻の事実は当然包含せられている。従つて強姦未遂の告訴があつた場合裁判所は被告訴人には姦淫の意思なく単に暴行を以つて告訴人に対し猥褻行為した事実であると判定してこれを強制猥褻罪に問擬しても不法ではない。
一、原判決挙示の証拠によれば、昭和二十五年四月二十日午前十時過ぎ頃高松市新瓦町飲食店一角こと村井貞子方奥三畳間で、出前を持つて来た飲食店新海楼の雇女太田光栄(当時十七才)を末沢英一が同室内に引張り込んで倒し同女の頭部に布団を覆せて押え附け、同女の着物が乱れて同女の大腿部が露出したため被告人その他その場に居た共犯者達は愈々色情を動かし、被告人は青木俊一と共同して同女のズロースを引き脱がした原判示事実が認められるのであつて、右被告人の所為は強制猥褻行為の既遂を以つて論ずべきで、その未遂又は幇助に過ぎないものではない。
一、仮に犯罪の被害者がその犯人を宥恕し又は犯人と私和をなし、同人に対し告訴権不行使の意思表示をしたとしても、被害者はその告訴権を失うものではない。本件についての被害者太田光栄の告訴取下書が本件の公訴提起後提出されて本件記録に綴られているが、告訴の取消は公訴提起後には許されないところであるから、何等法律上の効果を発生しない。
論旨はいずれも理由がない。
その他職権で調査するも刑事訴訟法第三百七十七条乃至第三百八十三条に規定する事由が認められないから同法第三百九十六条により本件控訴を棄却する。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人白川千代治の控訴趣意
第一点原審裁判はよし訴因が同じにせよ公訴提起の要件たる告訴が強姦罪の告訴にして強制猥褻の告訴にあらず。依つて刑事訴訟法第三三八条の四によりて公訴の手続が其の規定に違反してゐるため無効であるから公訴棄却の判決をしなければならない場合にあたると思ふので、控訴審に於ては公訴棄却をせねばならない。原審裁判は強姦の公訴提起に対し事実を審理して強姦の意思なかりしものとして強制猥褻罪として罰してゐる。訴因から云へば同じ事実であつても之は親告罪に関係するものである。原審記録によると強姦の告訴はしているが強制猥褻の告訴は認められない。第一回告訴状には「右の様に強姦され様としましたから右の四人の男をお調べの上厳重御処分を願ひます」とあるによりても明かであります。尚告訴前の被害者が其の被疑者の行為を許してゐる点。原審における記録にある昭和二十五年四月二十日高松警察署巡査池田部長作成の被疑者青木俊一の調書に此の点が明かである。又原審に於ける証人小笠原豊栄の証言によつても明らかであります。尚公訴提起後ではあるが告訴取下書を告訴人より提出せるによりても告訴人がどの様な気持で居るかといふ事はわかるのであります。<以下省略>
第二点罪名は強制猥褻と云え共中止未遂に終りたるを以て罪とならず。事件は被害者のズロースを脱がすと泣き出したるを以て直ちに被告人らの良心に従つて中止せるものである。原審判決には「ズロースを脱がして猥褻の所為をしたものである」と判示すれども被告人等はズロースを脱がすと直ちに中止をなしたるを以て局部にさわりたることなく、故に強制猥褻とは云え事件を中止未遂に終りたるものである。事件の進行中、中止をなしたるものなれば事実上中止となり、猥褻罪は中止したるが故に罪とならないものであるから無罪の判決言渡さるべきものである。斯の如き微罪で以て前途ある青年を前科者となす事は返す返すも残念な事であります。始めに宥恕あり後に告訴の取下が有り尚且つ実刑を科するが如き必要は無いと思ふ。
第三点事件の直後即ち公訴提起前において被害者は被告人等に対し強姦の告訴権を抛棄している。本件は強姦を企てしものとすれば事件直後被害者が被告人等を宥恕せるものなるを以て告訴権を失つて居るものである。被告人は被害者のズロースを脱がすと泣き出したので直ちに被告人等各々の良心に従ひ之を中止した。斯の如く中止未遂に終りたるために之を罰するに当りても減刑又は免除すべきものであつて此の犯罪の幇助の立場にある本被告人の如きは刑の免除して遺つてもよいのである。即ち主犯者は末沢英一であつて被告人は其の幇助者にとゞまる。しかして実際の刑として外の三名は無罪或は執行猶予となりたるに被告人のみ前刑執行猶予事件がある為に実刑を受けるが如きは弁護人としてあまりに可哀想に思ふのであります。此の罪を強姦罪として告訴前に宥恕したものと解すれば無罪となるべく、此の宥恕の点が容れられぬとしても強姦罪が中止未遂として免除の判決を言渡されたい。